2005年04月12日

若年層の高失業率は問題視しなくても良いことなのか

以前にもご紹介したJMM(Japan Mail Media、村上龍氏主宰)の最新号は、「若年層はバブルの後始末の犠牲者か?」というテーマでした。

犠牲という言葉をここに用いるのが正しいのか、とか、若年層はそもそも失業率が高いものである、といった論が展開されていて、それらの視点はなるほどなぁと考えさせられるものであったのですが、さて、そもそもなぜ若年層が仕事に就こうとしていないのでしょう?

1)やりたい仕事が見つからない
これはよく聞きます。
やりたい仕事が見つからないには意味が2つあります。1つは「自分の興味があることはわかっているけど、それを仕事にするのはむずかしい、もしくは仕事としてやっていきたいことではないなど実現する可能性が低い」という意味。もう1つは「そもそも自分がなにをやりたいかがわからない」という意味。
どちらの話を聞いても、傷つきたくない自分をもっているのを感じますし、それを生み出してしまった日本の問題を感じます。仮に最初の就職で失敗してしまったとしても(あるいは2回目以降で失敗したとしても)、日本の社会は、あまりそれを許容してきませんでした。いまだにその傾向は少なくありません。
一度や二度の失敗を受け入れられないという現実を目にしていたら、それが「働く」という、人生のなかで大きな部分を占めるファクターである以上、及び腰になる人が出てくるのは当然かと思います。

さらに、就職活動において、わずかな時間での意思決定を求められるということも、やりたい仕事を決められない要素のひとつとして挙げられるでしょう。そもそも、大学3年生になって突然具体的に考えろといわれて、そんな簡単に決められるものでは所詮ないはずなのです。働くということについて、もっと小さいときからずっと考えるような環境作りが必要です。

2)苦労しても報われない社会
・・・という厭世観が広まっているのも問題なのでしょう。
どうせ日本は借金が多いし。年金は破綻するといっているし。人口が減って国の勢いは弱まるだろうし。
将来にむかって、明るい希望が広がっていかない要素がたくさん言われすぎで、かつ、それをどうにか改善しようという動きもまだ弱いです。

3)仕事に就こうと思っても・・・
需要と供給のマッチングがうまく行なわれない。1に関連するかもしれませんが、インフラとしてまだまだ十分ではないのではないかと思います。学校もハローワークも人材紹介エージェントも、物理的にまだまだどうにかできる面はあると私は考えています。

そんなこと言って若者を甘やかすな、という論もあるのですが、ここで放っておいて、それが5年とか10年経ち、その蓄積が日本の社会に及ぼす影響を考えると・・・やはり怖いです。やれることはやりたいと思います。


posted by sumie at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | キャリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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