2005年04月28日

アシタハレノヒ再開

私にとっては「再会」と書いたほうがいいような感覚に近いです。
うれしいなぁ。お待ちしてました。

アシタハレノヒ 〜あしたはあたしの株が噴く〜
http://blog.livedoor.jp/ashitaharenohi/


posted by sumie at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | my favorites | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新しい出会いを作り続けること

その昔、そうほんとうに昔。学生の頃の話。
新聞記者になりたいと思っていたことがある。
ちいさい頃から正義感が強かったのと、中学生の頃は歴史や地理は興味がもてなかったのに、公民を習うようになってから社会科がむちゃくちゃ面白く、急に成績が良くなった、というくらい時事問題が好きで、そんな興味の方向性からいえば記者かな、と安易に目指してしまったわけです。

それで記念受験して木っ端微塵に終われば、「ああそんなこともあったなぁ」で済んだのでしょうが、これも妙な縁で、大学のクラスメートに、ご尊父が某大新聞の記者でいらっしゃる、という人がいて、受験対策に作文を見てくれるというので毎週その新聞社に通っていた時期があるのです。

その方には実にいろんなことを学びました。

良い日本語、美しい日本語とはなにか。
良い文章とはどういうものか。

毎回、お題をだされてそれについて書いて持っていったのですが、たかだか学生の分際で、いっぱしの評論家きどりの文章なんか書いた日には、めった切りされたものです。
実際に経験したものに裏打ちされていて、かつ、表現にわかりやすさと独自性があり、できればリズム感のある文章であること。

そういえばこんなことも言われたな。
  いくら普及している言葉でも「生きざま」なんて言葉を使ってはいけません。
  ざま、というのは「死にざま」で使うものであって、ひどい、というニュアンスがある。
そう言われてから、私は一度も生きざまという言葉を使っていません。

その経験はまことに得がたい経験であったし、加えて、私が社会人となるにあたって、言葉の使い方だけではなく、仕事って結局なによ、という根幹をなすものについてもぼんやりとではあるけど考え始めることができた貴重な機会でありました。

もちろん東京だからそういう機会に恵まれているともいえるでしょう。
でも、だからこそ新しい人に出会おうと努めなければならないのです。
知っている人、とくに気のあう人や好きな人に囲まれているのは、心地よいけど成長を止めます。知らない人と出会い、ときには自分の弱い部分をさらし、情けない自分を知り、それでも相対していくなかでこそ、人間としての自分の成長が得られるのです。
posted by sumie at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キャリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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