2004年12月30日

来年は良い年でありますように

昨日が仕事納めでしたが、結局夜の8時頃まであれやこれやと仕事をしていました。今年のうちにやっておきたいなぁと思うことがたくさんで。。。

それにしても、年の最後まで自然災害の脅威を見せつけられた年でしたね。
ふるさと福井が水害に遭うとは、と驚いた夏を経て、この年の瀬に、歴史に記録をとどめる大地震が起こってしめくくることになろうとは。。。

CNNのメールニュースでは、続けて"TSUNAMI TOLL RISES ABOVE 26,000""TSUNAMI DEATH TOLL TOPS 67,000"と配信されてきています。数万という数字まで膨れ上がると、感覚がおかしくなりそうですが、本当は、何万何千何百何十何人という細かい数字で津波にさらわれた方が存在していて、その何倍もの数字の人が、愛しい人、大切な人を失ったことに嘆き悲しんでいるのです。

今年は、景気回復で求人動向も好転がはっきりわかった年でしたが、こんなニュースがとりまいていると嬉しさも半分ですね。

来年はもっと明るい話題が出てくるような、良い年となりますように。
初詣をしたら、そんなお祈りをしてこようと思います。
posted by sumie at 11:41| Comment(2) | TrackBack(1) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月26日

Keynoteは素晴らしい

前のエントリで「画面がとってもきれい」と書いたことでふと思い出したことがあります。

アップルコンピュータのプレゼンテーションソフトウェアで「Keynote」というものがあるのですが、これがとてもとても美しいのです。一度、これを使ったプレゼンテーションを見たことがあるのですが、その見事さに感動しました。これを見たあとにPowerPointのアニメーションを見ても、なんだか中途半端なものにしか思えなくなったものです。

ひとつひとつの画像が美しいだけでなく、フェイドインやフェイドアウト、3Dの画像切り替えなども滑らか。

この間、会社の同僚(デザイン好き)と一緒に銀座の会社に訪ねたあと、「ちょっと時間ある?」と言ってここに連れてきました。言葉で説明しても尽くせないくらいの感動を、とにかくわかってもらいたくて。

「おおそうか! iPod買いましょうよ!」という同僚を尻目に、Keynoteのデモ画面が出てくるMacを探し、「これよこれ」、と言って見せたら・・・

「おーーーーー!!!」

と同僚はひたすら感動。
そんな私たちを見て、ほかの客も「なんだなんだ?」とちらちら覗いていました。

Winじゃないから、なかなか目に触れる機会がないのがもったいないと、心から思えるソフトウェアです。さすがグラフィックに強いアップル。

一方で、技術がどんなに良くてもそれだけでは普及する要因になるわけではない現実を見せ付けられたのでした。いや、ほんとに残念です(そういう私自身がWinユーザーですからね・・・)。
posted by sumie at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | my favorites | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

PSP買いました

買うつもりはなかったPSPなのに、たまたま行ったLAOXに「売切れ」の表示がなく、店員さんに「あれ? PSP売ってるんですか?」と聞いたら、もう満面の笑みで「はい!」と答えられたのです。

さらに店員さんは声を若干潜めて「30分前に入荷したんですよ」・・・ま、まじですか!

それでしかもその横にはさりげなーく「PSP予約は受け付けておりません」の張り紙。あおられているのがよーくわかりながらも、1台買ってしまったのでした。

評判どおり画面がとってもきれいです。


・・・でもメモリがないんです!メモリ、売り切れてたんです。だから「どこいつ」やっても学習してくれないんです。学習しないトロなんて寂しすぎる。今日買ってこなくちゃ。。。
posted by sumie at 13:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月25日

Merry Christmas

私が使っている名前のMaximiliana(マキシミリアナ)は、Christian nameです。

だからというわけではありませんが、アメリカでの「メリークリスマス」を使わない動きにはびっくりしてしまいました。私はこの話を最初、平野さんのブログで知りました。そのあと、今日はアサヒコムで同様の記事を読みました。

12月には、ユダヤ教徒やアフリカ系米国人の休日もあり、クリスマスだけを祝うのは「政治的公正(ポリティカル・コレクトネス)」に反するとの風潮が年々強まっているためだ。キリスト教右派からは「クリスマスに対する差別だ」と反発する動きも出ている。
・・・といいますが、なんで今更という気がするのです。確かに少数派を大事にしようという意見はわかるのですが、キリスト教が生活に浸透している以上に、クリスマスはあって当たり前のものとなっていると思います。これがいきすぎて「クリスマスがテーマになっている歌がラジオで流れなくなる」なんてなったりしたら(まあそんなことはないと思いますが)実に味気ないですよね。

私は最近ミサに出ていない不良信者で、そんなえらそうなこと言えた義理ではないのですが、それでも、なんだかちょっと極端じゃない? と思った出来事でした。
posted by sumie at 20:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 世の中の動き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一場、すごいよ君は。

今朝、朝日新聞読んで驚きましたね。
笑顔で奥さんの写真を見せて。
あ、こっちの写真のほうがもっとすごい。

いやー君は大物だよ。
あれだけ「栄養費」問題で騒がれて、プロ野球への道が閉ざされたかと思ったら楽天イーグルスに入るし、入団会見ではメジャーに行きたいというし。

次は何の会見をしてくれるんだろうと楽しみだよ。
posted by sumie at 15:17| Comment(2) | TrackBack(3) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京ミレナリオ

昨日午前中、仕事で丸の内に行ったら、帰りにこんな看板が・・・

ミレナリオ1

そっかー。ミレナリオが始まるんだー。

ミレナリオ2

電気、ついてるんですよ、昼間でも。初日だけ???

ミレナリオ3

写真だとよくわからなーい・・・

夜行って写そうと思いましたが仕事が長引き、いけませんでした。また今度チャンスがあれば。

さて、この東京ミレナリオ、東京駅丸の内本屋が大正3年当時のものに復元する工事のため、2006年からは暫く休止されるのだそうです。
詳しくはこちら
工事が終わるのは2011年だそうですから、一度見てみたいという方は、今年と来年は逃せませんね。
posted by sumie at 12:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月23日

これからの時代をやり過ごす

別々の場所で入手した本なのに、書いてあることがシンクロして読めることがあります。今読んでいるのが、永岡文庸「経営者は闘う」(日本経済新聞社)、河瀬誠「戦略思考のすすめ あなたと会社を強くする36の『ツボ』」(講談社現代新書)。

前者は、いきなりこんな言葉から始まっています。

冒頭から驚かすようだが、日本はすでに大恐慌に突入している。
ここまでのいわゆる「失われた10年」がなぜ起きたのか、そして今からどんな時代になっていくのか(あくまで想定)、などといったことがまず前提として描かれ、その後の章に次々に日本の大企業の経営者たちの話が−−日本を変えることができるのは政治家ではなく経営者だから、という思いのもとに−−書かれています。

ここに出てくるような経営者のもとで働くことができたら、それはそれで得がたい経験ができるのかもしれませんが、自分にはその会社で働くつもりがない、あるいはその機会が今すぐに得られそうにない、要は接点が見出せない、という場合、どうしたら良いのか、となりますが、つまりは自分を律し、「私はどうあるべきなのか」ということを考え実行していったら良いのですよ、と呼びかけているのが後者の河瀬さんの本です。

この本の始まりはこうなっています。

まず、左頁の図表1を見てほしい。日本の人口動態と経済について、今までの軌跡と将来の予測を示したものだ。バブルが崩壊したとは言え、2005年前後まで、日本は半世紀以上続いた長い『成長の時代』を過ごしてきた。しかし、2005年前後を転換点として、以後は人口も経済規模も次第に縮小する『成熟の時代』に入っていく。
・・・2冊も続けてこんなことが書いてあるとは。ああおそろしい。
2005年って、もうあと10日ですよ。
これから日本は今まで経験したことのない状態に入っていくんだということなのです。

で、河瀬さんはひとりひとりがどのような力をつけていけば良いのか、ということを36のポイントに分けてわかりやすく説明してくださっています。

これら2冊を読んで感じたのは、世の中をマクロな視点で理解すると同時にミクロな視点で自らの周囲を見ることにより、自分が今後どのようなアクションをとったらよいのかというヒントが得られる(それは瞬間的なものではなくて継続的なものですから、ある日突然ひらめくというのとは違うと思いますが)ということでしょうか。

そもそも日本の政治がこんな体たらくなわけですから、そこを根本的に変えようと思ってもなかなかできないのですね。だからといって悲観してばかりもいられません。だったらこれからの時代を「変える」のではなく「やり過ごす」ためにどうしたら良いのか。

年末年始、ちゃんと考えてみようと思います。
posted by sumie at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連続忘年会でした

昨晩は、私が仕事上で尊敬している方お二人と、うちお一人の会社の方、それと私という面々での食事会でした。

冒頭のお二人はいずれも会社社長で、視点とか考え方とか刺激を受けることが非常に多いです。
かつ、いまの経済の流れから今後どんな方向に進んでいくのか、という話まで勉強になることばかり。
また知識の豊富さもさることながら、人を率いていくのに人間味は大事だ・・・としみじみ思います。

私もいつかそんな大きな人になりたいなぁと・・・無理かなぁ・・・。
あ、でも、目標となる人を持っているのは大事だと思います。
社内の人でも良いですし、仕事で関係ある人でも良いでしょう。
何年後にはその人と対等に話ができているようになる、とか考えれば、自分がこのあと何をしたらいいのか考えることができるようになって楽しくなると思います。
posted by sumie at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こんな人が上司だったら

平知盛。平清盛の息子。
私は知盛が壇ノ浦の合戦に臨むときの言葉を読むと、どきどきするのです。

知盛、当時は確か30歳くらいです。

平家を率いる武将として、立派な甲冑をまとい、勝てるかどうか分からない、むしろだめかもしれないという戦に向かっていく。

目の前には大勢の、平家の仲間。

戦の前の、ぴんと張り詰めた空気のなか、知盛が、声を発します。
腹の底から湧き出る、勇ましく響く声。

「天竺・震旦にも、日本我が朝にも、並び無き名将勇士といへども、運命尽きぬれば力及ばず。されども名こそ惜しけれ。東国の者どもに弱気見すな。いつの為にか命をば惜しむべき。軍ようせよ、者ども。ただこれのみぞ思ふ事よ」

されども名こそ惜しけれ。

ここにすべてを託して言ったことでしょう。
司馬遼太郎さんが「自分という存在そのものにかけて恥ずかしいことはできないという意味」と言った「名こそ惜しけれ」。

カミカゼみたいな命を捨てにいきます、というのははっきりいって嫌ですが、勝負にあたって自分がやるだけのことはやるぞ、自分の名前にかけて恥ずかしいことはできない、と鼓舞して、さあ前に進んでいこうと言われたら、意気に感じて戦うのかもしれません。

現代では考えにくいですが、そんなリーダーが上司だったら、自分で認識している以上の力を出すこともできるのかもしれないなぁ・・・と思っています。
posted by sumie at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | my favorites | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月22日

Eビジネス研究会の忘年会から思うこと

昨晩、Eビジネス研究会の忘年会があって参加してきました。
(きっと木村さんのブログエテキチさんのブログにもそのうち載るはず・・・)

15名くらいかな?もともと申し込みしていた人が全員参加!という素晴らしさ。

ところでその場でしみじみ思ったのですが、そもそもブログを始めていなければ、あるいはGREEがなければ、今日この場にいることにつながらなかったかもしれないんだなぁと。
GREEからあちゃさんのブログを見つけ、コメントを残したことからエテキチさんにつながり、エテキチさんのブログからEビジネス研究会の存在を知ったわけですから。

かつ、会社で週に一度のメルマガの文章を書くだけでもどうしようかと頭を悩ませていた自分が、それ以外に文章を書くことを続けるとは、始める前にはまったく想像もできませんでした。実際、ブログを始める前は、「書き続けることができるんだろうか」という不安もあったりしたのでした。

あと、もしかしたら交流会で名刺交換して一瞬で終わっていたかもしれない人とのつながりが、ネット「でも」つながることによって確かなつながりになった感があるのも意外な発見でした。ネットのつながりがどのくらいのものか、という論もあろうかと思いますが、リアルとネットをうまくつかえば、一瞬のつながりでは終わらないんだなぁと実感しています。今年はそういった意味で、いろんな発見や出会いのあった年だったと思います。
posted by sumie at 07:32| Comment(2) | TrackBack(1) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月20日

年齢を出すことについて

突っ込むなと書いておきながら前言を翻すようですが、美容院で読んだ「STORY」をついつい読み込んだのは、『女の出世 男に涙は見せません/企業・官庁の中枢で頑張る女性たち6人の、得るかわりに失ったもの』という記事があったからです。
へえ、そんな記事があるんだ・・・(とかなりじっくり読んでました。担当のカクさんごめんなさい。髪切りづらかったよね、きっと・・・)。

均等法実施前後の世代であり、一部はバブル世代でもあり、OL生活はHanakoとともにあった世代。
テーマがテーマなので、皆さん成功者として描かれていて、一様に「バリキャリ」ウーマンでした。

まあそういった内容も興味をひくものではあったのですが、いちばん気に入ったのは、掲載されている女性たちが、年齢を出していたこと。新聞や雑誌などで、女性が取材を受けているときに年齢が記されていないことがあります。それを見ると、若干、残念だなぁという思いがあるのです。

たとえばもしもその方が同世代であればすごく親しみを覚えますし、上の方であればその方を目標にしようと思うかもしれませんし、下の方であれば自分も頑張らなくてはと励みにできるかもしれません。

わが身を振り返れば・・・。キャリアコンサルタントは、あまり若くて経験が少ないと、ご相談を受けたときにその相手から言葉には出さないのだけど(大丈夫カシラ、コンナ若イ担当デ・・・)という不安が表情に表れることがあります。実際、かつて私はそんな経験があります(私は童顔なのでこの仕事においては、そんな場面でマイナスに作用したと言えるかも知れません)。

女性が年齢を隠したいという気持ち、わからなくはないのですが、年齢を経るからこそ出てくる味、経験の深さ、信頼感、実績、といったものが、その方をより美しく見せると思いますので、堂々と何歳ですと出してもらいたいなぁと個人的には感じます。私は現在38歳ですが、38歳なりの味のあるビジネスパーソンでありたいと願っています。

ということで、どうか働く女性の皆さん、とくになにかのメディア/パブリシティに出るときには、願わくは年齢を記載していただかんことを。
posted by sumie at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | キャリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月19日

私ってSTORY世代のようです

きょう、美容院で出された雑誌を読んでいて意外な発見。
私はVERY世代だと思っていたのだけど、どうやらSTORY世代らしい。
記事に出てくるのが同じ世代なんですよね。。。
三浦りさ子ではなくてチコ(黒田知永子)さんか。。。

(すみません、ほんとにひとりごとだと思ってあまり深く追求しないでください。)
posted by sumie at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月18日

年末らしくもあり、そうでなくもあり。

昨晩、恵比寿で飲んでいました。
気づいたら午前1時を過ぎていて(というより午前2時近くだった・・・)、おおたいへん、タクシーつかまえなくちゃと思ったのですが、恵比寿駅近辺、人はやたら多いのに、タクシーが全然いなくてつかまえられない。明治通りを広尾方面に向かっても人がまだいる・・・タクシーは全部実車。これはまずい・・・と思ったらそこに1台の空車、はい、私乗ります!と手をあげて無事に帰宅したという次第でした。
(あのまま歩き続けてだめだったらkabさんのところに避難させてもらおうかと思いましたよホントに・・・)
昨日は忘年会のピークだったそうで、この時期これくらいの人が出ていないと、お店もタクシーも困っちゃいますよね。

そんな年末の風景がある一方で、スキー場がまだ雪が積もっていないんですよね。
まあ福井のスキー場がまだ初滑り不可なのはそうだろうと思うんですが、北海道とか新潟とか長野とかちょっと少ないですよね。
全国スキー場ガイドはこちら。
暖冬ですよねえ。。。
posted by sumie at 21:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 世の中の動き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月17日

やはり生きなくては

大手ディスカウント店で火事があり、3名の社員が犠牲になりました。火事の原因や亡くなられた経緯についてはそれぞれ調査されることと思いますが、3名の方々がなぜ火災に巻き込まれたのかを聞いて愕然としました。
お客様の誘導後、安全確認のために店内に戻ったというのです。
一旦は外に出ていたにもかかわらず、です。
まずは命がなければなにもなし得ません。そこまでの犠牲を払う必要はなかったでしょうに、そのときの3名の方々の咄嗟の決断が、悲しいばかりです。
心からご冥福をお祈りします。
これは昨日の会社のメルマガに書いた文章です。

ドンキホーテ安田社長は、「現時点では辞任の意向はない」と会社側の発表があったようです。
しかし、あの記者会見で流した涙は心からのものだったのではないかと思うのです。
辞任をにおわせるなんて上場企業の社長らしからぬでしょうか。
そういう意見もあるかもしれません。
ただ、創業した会社をここまで育ててきた安田社長が、それ以外のことであれば耐えても、社員の「生命」を犠牲にしてしまったというのは、悔やんでも悔やみきれないのではないかと想像します。いや、きっとそうですよ。なんでそうなっちゃったんだよ、と。

生きることこそ大事、というのは以前のエントリに書いたとおりです。
posted by sumie at 07:30| Comment(0) | TrackBack(1) | 世の中の動き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月16日

最後まであきらめないこと

できれば、この試合はちゃんと見たかった、と思う試合です。
昨日行なわれたサッカー天皇杯の横浜Mとザスパ草津の試合。
ザスパ草津はJ2昇格を決めたチーム。
ところが横浜Mは欠場していたメンバーがいたとはいえ、J1の年間王者。
普通に考えれば、横浜が勝つと思います。

実際、試合は後半、横浜が同点ゴールを決め、延長へ。しかも草津はレッドカードを受けて2名が退場、9名で戦わなくてはいけない。それでも草津はあきらめませんでした。

延長前半11分。

普段、昼間は草津の温泉のホテルマンである宮川が、ゴールを決める。

草津の植木総監督はそれを「奇跡」と。


相手がだれであろうと、自分たちの状況が不利に追い込まれようと、最後まで決してあきらめないで全力を尽くすことの素晴らしさを教えてくれました。
本当におめでとうございます。
またこのあとの試合での活躍をお祈りします。

ところで試合後の植木総監督のことば、「(このあとの試合も)がんばってがんばります」と答えていたのが、なんとも言えず、その「奇跡」をなしえた直後の、飾り気のない、その瞬間の心からの言葉に感じました。
posted by sumie at 07:39| Comment(2) | TrackBack(3) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月15日

生きていることが素晴らしいこと

たまたま訪れたレオス・キャピタルワークスの藤野社長のブログを読んで、朝から涙が止まりませんでした。

話の内容としてはご友人の奥様が亡くなったというものなのですが、奥様は、新しく生まれてくる命と入れ替わりに、ご自身の命を落とされたのです。
上記リンクの数日前からその話が掲載されていますので、よろしければぜひお読みください。

自分に近い人が亡くなったときは、非常につらいものです。
肉親が亡くなるとなおさらです。
自分がどうすることもできなかったことを分かっていてもなお、「自分にできることはなかったのか」とあとからあとから自らを責めます。

私自身、10数年前に母が亡くなったとき、もう生きている資格などないと感じました。

母が夢に出てくるとつらくてならなかった。



でも、残された者は生きていかなくてはいけないのです。
生きて、幸せになることが供養になるのです。
ずっと悲しんでばかりいたら、亡くなった人も悲しみます。

そうだ、そうだよね、と思えるようになったのは、私はほんとに最近になってからです。

まず生きること。つらいことがあっても、楽しいことも必ず、あります。



朝から重い話で失礼しました。
posted by sumie at 07:46| Comment(2) | TrackBack(1) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心から納得する目標を持つこと

今日お会いした男性と話していて大いに同意したことがあります。

自分がどうしてもこれはやりたいと思うこと、この目標は達成したいと思うものについては、どんなにたいへんでも絶対やり遂げようと思う。そのためにだったら頑張れる。
ということです。

前のエントリに書いた「判断をゆがませるもの」にも関連するのですが、自分がどこまでできるか、という枠を、大きく考えるのと小さく考えるのでは結果がまるで違ってくるのです。

本当にやりたいことを持つのは、それほど強いことです。
posted by sumie at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | キャリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月14日

「完全で正しい」意思決定は存在しない

内藤誼人「なぜあなたは後悔ばかりしているのか」
タイトルだけだと、なんだか後ろ向きなイメージがありますが、この本は決して後ろ向きな内容ではありません。サブタイトルに「心理学が解き明かす意思決定の『ゆがみ』」とあるように、少しでもbetterな意思決定をするにはどんなことに注意したらよいのかが書かれている本です。

最初の基準がその後の判断に影響する
一度の経験から過剰な一般化をしてしまう・・・
などはじめの方の章には「人間が犯しがちな判断のゆがみ」についてのパターンやその分析が書かれ、後半からどうしたらそれが解決/改善できるか、といったことが書かれています。

転職活動における意思決定も非常に重要なことであるにもかかわらず、たとえば直前(もしくは現在)の仕事での経験が必要以上に過大な影響を及ぼしていることがあります。転職したいという動機に、「現在の環境をなんとかしたい」というものがあるがゆえに、『そうではない』環境を求めることを重視しすぎ、本来自分が仕事を探すうえでもっと大事に考えなければならないことについて見過ごしてしまったり、「まあいいや」と軽視してしまったりということです。

それを繰り返して転職ジプシーとなっていく人もいます。

そうならないためにどうしたらいいのか、というのが、要は「冷静になる」とか「客観的に考える」とかいったことばで表現されるのですが、もっと具体的に言えないものか・・・と常々思っていました。

この本は、まさにその気持ちを代弁してくれています。

転職に限らず、意思決定する場面は大なり小なりあることと思います。
日々の出来事でも、第三者から見れば非常に些細なことが原因で判断を鈍らせたり間違わせたりしていることがあるでしょう(職場の上司にあとでごちゃごちゃ言われたくないから、とか、過去に一度失敗したことがあるから、とかいった類です)。
でもほんとは「そんなことに煩わされず、これが正しいと思う意思決定をしたい」と誰しも思っているはずなんですよね。

著者は、本のまえがきで
あらかじめ「心のゆがみ」を知っておけば、それに影響されないように行動することが可能になる。ゴルフをするとき、いつでもスライスするクセがあることがわかれば、それを計算にいれて、ちょっと身体を横に向けてショットすればいいのと同じだ。(略)正しい決定をするときも、「心のゆがみ」によって判断がずれることをあらかじめ予測しておけば、それを軌道修正するのは、たいして難しくない。
と述べています。

完全な意思決定など存在しない。
だれもが心のゆがみとなる要因をもっている。
だからその悪影響をうけないようにすれば良い。
そうか、そうなんだ、あまり悩む必要はないんだ、と、私はこの本を読んでけっこうすっきりしました。
posted by sumie at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月12日

全日本実業団女子駅伝、豪華すぎ!

いま、全日本実業団女子駅伝が岐阜で行われていますが、メンバーが豪華すぎます。

三井住友海上 土佐、渋井、
ワコール 福士、
UFJ銀行 大南博美・敬美、
資生堂 弘山、
天満屋 坂本、
とか・・・ひとつの大会でこんなに有力選手が出ているなんて・・・知らなかった。。。

速報はこちら。
posted by sumie at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野球好きブロガーがこんなに!!

ichikenさんのブログで作っていらっしゃる「野球好きブロガー生息図」が順調に伸びていて115人になっています。素晴らしい!! ほんとにichikenさんありがとうございます! ということでWTBさせてもらいました。

ブロガーはたくさんいれど、ひとつのテーマで、ある1箇所に、しかもブログ以外のメディアを使わずに115人もの人が集結するって、すごい!とひたすら感動しています。

この勢いだとどんどん止まらないで増え続けるのでは・・・と思いますが、そうなるとichikenさん大変ですよね。。。見る側はたのしませてもらっていますが。。。
posted by sumie at 02:54| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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